犯人は証拠隠滅罪に問われない?
Yさんを殺したAさんは、その現場にいたVさんにその場で「警察にちくったらどうなるか分かっているのでだろうな」などと言って語気鋭くして脅し、捜査機関への口止めをしていました。しかし、後になって、Aさんは知人Bさんに「あいつ(Vさん)は口が軽いから信用できん。」「お前の方で処分して(殺して)くれないか」と言いました。そして、Bさんは、Aさんから言われたとおりVさんを呼び出し、Vさんを殺害しました。しかし、一連の件が、福岡県博多警察署に発覚し、AさんはYさんに対する殺人罪、Vさんに対する殺人罪の共犯及び証拠隠滅罪の教唆犯、BさんはVさんに対する殺人罪の共犯及び証拠隠滅罪で逮捕されてしまいました。
(フィクションです。)
~ 証拠隠滅罪は「他人の刑事事件」に関する罪 ~
証拠隠滅罪は刑法104条に規定されています。
刑法104条
他人の刑事事件に関する証拠を隠滅し、偽造し、若しくは変造し、又は偽造若しくは変造の証拠を使用した者は、3年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する。
この規定を見ていただければお分かりいただけるように、
証拠隠滅罪は「他人の刑事事件」に関する罪
だ、ということがまず大切なポイントです。
ここで「刑事事件」とは、
現に刑事被告事件として刑事裁判中の刑事事件
に限らず、将来刑事被告事件となる可能性のあるもの、すなわち、
現に捜査機関により捜査を受けている刑事事件、あるいは、未だ捜査機関に発覚されていない捜査前の刑事事件
も含まれます。
「他人」とは、自己・行為者以外という意味です。
したがって、本件AさんがYさんに対する殺人事件の証拠を隠滅するなどしても証拠隠滅罪に問われることはありません。
~ どうして罪を犯した犯人は証拠隠滅罪に問われないの? ~
これは、
犯人が証拠の隠滅などを図ることは、人の心情として当然・自然のことで、法律で犯人に「そんなことしたらだめだ!」と強制するには無理があるから(期待可能性がないから)
と考えられているからです。同じ考え方から、罪を犯した犯人には「犯人蔵匿・隠避罪(刑法103条)」は問えないとされています。
~ Bさんは? ~
反対に、Bさんはどうでしょうか?
この点、Bさんからすれば、Aさんの殺人事件は「他人の刑事事件」ですから(もっとも、BさんがYさんに対する殺人事件の共犯者の場合は「他人の刑事事件」とはいえません)、Bさんが証拠隠滅罪に問われる可能性はあります。
ちなみに、「証拠」は、物証(物的証拠)に限られず、人証、すなわち刑事裁判における証人、あるいは捜査段階における参考人も含まれます。
「隠滅」とは、物理的に滅失させるだけでなく、証拠の顕出を妨げ、若しくはその価値を滅失・減少させる全ての行為をいいます。
・証拠物を隠匿すること
・証人又は参考人を逃避させて隠匿すること
・証人、参考人を殺害すること
などは「隠滅」に当たるとされています。
Bさんによって殺害されたVさんは、AさんのYさんに対する殺害行為の一部、あるいは全部を目撃していた方だと思われますから「証拠」に当たります。ですから、やはり、Bさんは証拠隠滅罪に問われる可能性が高いといえます。
~ AさんがVさんに虚偽の供述をさせていたら? ~
では、AさんとVさんが口裏合わせをして、AさんがVさんに、警察官、あるいは検察官に対する虚偽の供述(話)をさせていた場合はどうでしょうか?
この点については、作成される書面が供述録取書(警察官、検察官が作成する書面)であることを理由に本罪は成立しないとした裁判例があります(千葉地方裁判所、平成7年6月2日など)。
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