犯罪の実現過程③~中止未遂の中止行為~
Aは長年、Vに対する恨みを抱いており、隙あらば殺そうと考えていました。そして、Aは、知人からVがとある地域のアパートに一人暮らしをしているとの情報を得ました。そこで、AはいよいよVを殺す決意をしました。そこで、Aは殺害用のナイフを購入し、V方アパート付近の下見をするなどしました。そして、Aは、実行日当日、V方アパート近くでVを待ち伏せし、Vが帰宅するのを待ちました。そして、AはVが帰宅したのと同時に、その背後からいきなり、右手に把持していたナイフをVの背中に1回突き刺しました。しかし、AはVから「長年の付き合いではないか。」「頼む、命だけは奪わないでくれ。」と泣きながら懇願されたことから、それ以上突き刺すことをやめ、その場から逃走しました。その後、Vは付近の住民によって119番通報されて駆け付けた救急隊員による救命活動などによって一命をとりとめました。Aは殺人未遂罪で逮捕されてしまいました。
~ はじめに ~
前回、犯罪の実現過程②では、未遂の種類、障害未遂と中止未遂の違い、中止未遂の成立要件などについてご説明いたしました。
今回は、中止未遂の残る一つの要件である「中止行為」についてご説明したいと思います。
~ 中止行為について ~
前回のおさらいですが、中止未遂が成立するには、
①犯罪の実行に着手したこと
②結果が発生しなかったこと
に加え、
③自己の意思により犯罪を中止したこと
が必要でした。そして、③の要件が認められるためには、ア「中止意思の任意性」とイ「中止行為」を検討する必要があり、前回はAさんに「中止行為の任意性」は認められるというお話をしました。では、「中止行為」は認められるのでしょうか?この点、中止行為には、実際の線引きは難しいですが、2つのパターンがあると言われています。
= 着手中止 =
犯罪の実行に着手した後、その終了前に実行行為の継続を放棄した場合です。本件は、AさんがVさんの背中を1回刺した後、Vさんから「助けてくれ」などと懇願されていることからも、実行行為の継続中と評価できなくもありません。そこで、本件の場合は、着手中止の場面とされる可能性が高いでしょう。
この場合は、その後の殺害の実行の継続を放棄する(やめる)ことで「中止行為」が認められます。
= 実行中止 =
実行行為の終了後において結果の発生を阻止する場合です。
この場合は、着手中止の場面より実害が発生する(相手が死亡する)危険が高いことから、着手中止と異なり、単なる放棄では足りず、行為者が積極的に結果の発生を阻止するための行為をしたことが必要とされています。
また、中止行為によって現実に結果発生が防止されたという、中止行為と結果不発生との間に因果関係があることを必要とし、それが認められない場合は障害未遂となると一般に考えられています。ただ、中には、「一生懸命中止行為を行ったのだから、中止行為と結果不発生との間に因果関係が認められない場合も中止行為を認めるべきである」と主張する学説もあります。
では、中止行為を一生懸命尽くしたものの、結果が発生してしまった(Vさんが死亡してしまった)場合はどうでしょうか?
この場合は、中止未遂の成立要件である「②結果が発生しなかったこと」の要件を満たしませんから中止行為は成立しないと考えられていますが、中には、先ほどと同様、「一生懸命中止行為を行ったのだから中止未遂を認めるべきだ」などと主張する学説もあるようです。
~ Aさんに中止未遂は成立する? ~
本件は、着手中止の場面である可能性が高いことは先ほどご説明しました。そして、Aさんは、さらにVさんをナイフで刺そうと思えばさすことができたにもかかわらずその場を立ち去っていますから、殺害の実行の継続を放棄しており「中止行為(着手中止)」が認められます。
よって、Aさんには中止未遂が成立する可能性はあると思われます。
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