犯罪の実現過程②~殺人罪の障害未遂と中止未遂~
犯罪の実現過程について、あいち刑事事件総合法律事務所福岡支部が解説します。
Aは長年、Vに対する恨みを抱いており、隙あらば殺そうと考えていました。そして、Aは、知人からVがとある地域のアパートに一人暮らしをしているとの情報を得ました。そこで、AはいよいよVを殺す決意をしました。そこで、Aは殺害用のナイフを購入し、V方アパート付近の下見をするなどしました。そして、Aは、実行日当日、V方アパート近くでVを待ち伏せし、Vが帰宅するのを待ちました。そして、AはVが帰宅したのと同時に、その背後からいきなり、右手に把持していたナイフをVの背中に1回突き刺しました。しかし、AはVから「長年の付き合いではないか。」「頼む、命だけは奪わないでくれ。」と泣きながら懇願されたことから、それ以上突き刺すことをやめ、その場から逃走しました。その後、Vは付近の住民によって119番通報されて駆け付けた救急隊員による救命活動などによって一命をとりとめました。Aは殺人未遂罪で逮捕されてしまいました。
~ はじめに ~
前回、犯罪の実現過程②では、殺人罪における犯罪の実現過程、予備罪や未遂罪の内容についてご説明しました。
今回は、Aが問われている未遂罪についてもう少し詳しくご説明したいと思います。
~ 未遂の種類 ~
実は、前回ご紹介した刑法43条の規定には続きがありました。その全文をご紹介すると、刑法43条は
犯罪の実行に着手してこれを遂げなかった者は、その刑を減軽することができる。ただし、自己の意思により犯罪を中止したときは、その刑を減軽し、又は免除する。
と規定さています。
講学上、「犯罪の実行に着手してこれを遂げなかった」場合を障害未遂、犯罪の実行に着手してこれを遂げなかったときに、「自己の意思により犯罪を中止した」場合を中止未遂といいます。つまり、未遂は障害未遂と中止未遂の2つに分けられます。
障害未遂が成立するには、
①犯罪の実行に着手したこと
②結果が発生しなかったこと
が必要です。他方で、中止未遂は、①、②の要件に加え、
③自己の意思により犯罪を中止したこと
が必要です。
~ 障害未遂と中止未遂の大きな違い ~
障害未遂の場合、刑が
任意的に(裁判官の裁量で)減軽される
のに対し、中止未遂の場合、刑が
必要的に(必ず)減軽される
点が大きく異なります。減軽されると、殺人罪の場合、有期懲役は法定刑の2分の1となり、
5年以上の懲役(上限20年)から2年6月以上10年以下の懲役
にまで短縮されます。
ちなみに、執行猶予付き判決の言い渡しを受けるための要件として、「3年以下の懲役又は禁錮」の判決の言い渡しを受けることが必要ですので、減軽されると
執行猶予判決を受けられる可能性が高まる
ことになります。
~ 本件で中止未遂は成立する? ~
では、本件で、中止未遂は成立するのでしょうか?
Aが「③自己の意思により犯罪を中止した」と言えるのかどうか、つまり、ア「中止意思の任意性」とイ「中止行為」の2つが認められるかどうか問題となります。
= 中止意思の任意性 =
自己の意思があったかどうか、中止意思に任性があったかどうかについては、大きく主観説と客観説に分けられます。
主観説は、
犯人が自己の行為を後悔してやめた場合を中止未遂、それ以外の事由によってやめた場合を障害未遂
とするものです。
客観説は、
犯人が社会一般の通念に照らして、犯罪の遂行を断念させるような事情又は表象がないにもかかわらずやめたときに中止未遂、そのような犯罪の遂行に障害となるような事情又は表象によってやめたときは障害未遂
とするものです。判例はこの客観説に立って判断しているものと思われます。
そこで、本件についても客観説に立って検討すると、AさんはVさんから「これ以上手を出さないでくれ」と哀願されていますが、このような事情が「犯罪の遂行を断念させるような事情又は表象」とは認めがたいとされれば、Aさんに「中止意思の任意性」を認めることはできます(つまり、中止未遂の成立する可能性が高くなります)。
次回は、残る要件である、イ「中止行為」などについてご説明いたします。
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